理想とコストパフォーマンスの相対性
「レクサスじゃなきゃ嫌だ」とだだをこねる大臣がしなければいけない本来の仕事は、多くの人たちの幸福を守るために、
コストパフォーマンスを重視した合理的な政策を実践していくことです。
自動車を長く大切に使えば増税、というのは、まったく逆のことであり、富裕層と一部の製造業を優遇することで、資源浪費や環境破壊、格差拡大を進める政策です。
コストパフォーマンスは価格対価値という相対評価のことですが、コストパフォーマンスそのものを理想・理念・願望といった別の価値と相対評価させる必要が出てくることがあります。
例えば、経済の健全性を保つためのスローガンとして「地産地消」ということがよく掲げられます。
国産小麦を使ったパン、国産木材を使った木造住宅といった国レベルの地産地消から、地元産の蕎麦粉を使った蕎麦といった地域レベルのものまでいろいろあります。
「地産地消」は地域経済のあり方としては理想であり、追求すべき目標のひとつでしょうが、究極の目的ではなくひとつの指標にすぎません。
私が今暮らしている日光地域は蕎麦どころとして知られており、多数の蕎麦屋があります。日光に引っ越して来て以来、いろいろな店をハシゴしました。
蕎麦は非常に難しい食べ物です。ラーメンもそうですが、人によって好みが分かれるので、どういう蕎麦がうまい蕎麦、いい蕎麦だとは一概に言えません。それでも、蕎麦の香りがしない蕎麦、腰が全然ない蕎麦をうまいという人は少ないでしょう。
日本では蕎麦粉の約8割は輸入で、産地は中国、カナダ、アメリカ、ロシア、オーストラリア、ミャンマーなどです。北米産は比較的安定した品質ですが、その他の産地からの輸入蕎麦粉は品質にかなりばらつきが見られるといいます。
国内では北海道が国内生産量の4割以上を占め、以下、長野県、茨城県、山形県、福島県、栃木県……と続きます(農水省調べ)。
私の経験では、長野県の戸隠蕎麦や福島県会津地方の蕎麦は本当においしいものが多かったのですが、その他は必ずしも「当地自慢の蕎麦粉を使っています」と銘打った蕎麦がうまかったわけではありません。「地元産蕎麦粉100%使用」という1日の販売数を限定した十割蕎麦と普通の価格の蕎麦を食べ比べたところ、安い蕎麦のほうがうまかったということもよくあります。
そういうときは店主に蕎麦粉の産地を訊ねるのですが、安くてうまい蕎麦はたいてい「北海道産です」という返事でした。
おそらく、蕎麦を打っている店主も、地元産の蕎麦粉よりも、安い北海道産の蕎麦粉を使ったほうが「うまい」と言って喜んでくれる客が多いことは承知しているはずです。しかし、地元商工会の会員でもある店主としては、なんとか地元の蕎麦粉を使いたい、顔が見える地元の農家と共存共栄してうまい蕎麦を提供したいという思いがあります。店で2種類の蕎麦を出しているのも、そうした悩みの末の答えでしょう。

うまい蕎麦を安く提供するために、自分の経験と腕に従い、北海道産の蕎麦粉のみを使う。あるいは価格が高くなっても、また、安い北海道産の蕎麦粉に味が劣るかもしれないと分かっていても、敢えて地元産の蕎麦粉にこだわり続ける──私にはどちらが正しいとはいえません。
蕎麦の例を出しましたが、こうした悩みはいろいろな場面で生まれてきます。
単純なコストパフォーマンスによる判断ではないだけに、複雑です。
価格対価値だけでは決められないその人だけの相対価値もある、ということです。
難しい比較ではあっても、自分の中で幸福感を形成する価値観をしっかり見極められれば、おのずと答えは出てくるはずです。
私はそんな店主の人生観や歴史を想像しながら蕎麦を食っています。
嫌みな趣味かもしれませんが、人生の相対性理論は、簡単ではないのです。