人生の相対性理論(10)


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相対化が簡単にできない事例

 川内村はもともと極端な過疎の村で(千代田区の17倍の面積に家は1000戸足らず、人口は3000人以下)、スーパーも24時間コンビニもありませんでした。そこに外から除染の作業員がどっと流れ込んできたため、村の見かけの人口は3・11前より増えるという現象も起きました。
 長い間閉まったままだった飲み屋が再開し、廃屋になっていた縫製工場は「ビジネスホテル」という名の除染作業員用宿舎に変わりました。
 村長は他市町村に先がけて帰村宣言を出しましたが、戻って来た村民は多くはありませんでした。避難期間中にもらっていた「精神的賠償金」(一人毎月10万円)や「借り上げ住宅」の家賃補助(毎月6万円)などで、すっかり都会生活に浸ってしまうと、改めて過疎の村での生活が辛いものに思えてきた、ということもあるでしょう。  川内村だけでなく、広野町や南相馬市の一部なども、避難指示が解除された後も住民が戻ってこないということで悩んでいます。
 戻っても仕事がない。それに対応するために商店や工場を呼び戻そうとしても、人が減った地域では経営が成り立たないから戻れない。
 経済的インフラを戻すのが先か、人が戻るのが先か、といった話がずっと続いています。
 働き手世代は仕事のなくなった場所には戻れない。子供を抱えている親は放射能が不安で子供と一緒には戻りたくない。年寄り世代は住み慣れた家に戻りたいけれど、子供世帯は戻ろうとしないから独居老人世帯にならざるをえない。しかも、田畑は荒れてしまって、今まで生活のリズムを作っていた農作業もできない。
 もともと負のスパイラルを抱えた地域に暮らしていた、あるいは今も暮らしている人たちにとって、放射線量が高い低い、安全か危険かという議論はあまり意味がないのです。
 こうした問題の複雑さを、福島県外に住む人たちの多くは実感できていません。
 問題の渦中で実際に苦しんでいる人たちの目には、数値や安全性を絶対化して正論を構築し、問題にコミットしようとする人たちは、場合によっては問題に無関心な人たち、無視する人たち以上にやっかいな存在と映ります。
 問題に向き合い、解決する方法を追求する姿勢は絶対に必要なのですが、その方法や姿勢において視点や価値観を相対化する煩わしさを避けて通ることはできません。
 リスクも幸福も不幸も「相対的」なものです。幸福や不幸の絶対値が最初からあるわけではありません
 人はそれぞれの状況において、複雑な要素を相対化し、比較した上で、取り得る最良の選択をしていくしかないのです。事情も条件もさまざまですから、一概に「それは間違っている」「正気じゃない」などと非難することはできません。
 そう非難する人たちの中には、あのとき風向き次第では東京が壊滅していたかもしれないということを想像できず、無意識のうちに、自分たちは安全地帯にいるインテリ層だと勘違いをしている人も少なくありません。
 自分たちがそうなったときにどんな選択肢が残されているか、まずはそこから想像してみるべきでしょう。

 私は結局、川内村を出ることを決意しましたが、理由は「放射線量が高くて危険だから」ではありません。そこで暮らし続けることで幸せになれないと悟ったからです。

COVID-19で同じ経験をすることに

 この、リスクも幸福も不幸も「相対的」なものなのに二者択一的な思考に陥る、という社会風潮は、2020年からの新型コロナウイルスパンデミックという状況下でも広まりました。
 これはフクシマよりもずっと広範囲、全世界的なものでしたので、誰もが嫌でも経験することになりました。
 マスク警察とかワクチン狂想曲とか、毎日そんな報道ばかり見聞きさせられ、正直うんざりです。
 個人的には、こんな状況になったときに、影響が大きい都市部に住んでいなくてよかったとつくづく思いますが、今後、どうなっていくのかは分かりません。
 原発爆発後は、放射性物質に汚染された廃棄物などを地方の山林に廃棄処分しようとする政府によって、新たな被害が生まれましたし、ウイルスパンデミックが引き金で、地方の暮らしが、今まで予想もしなかった種類の危機に見舞われることもありえるでしょう。


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『裸のフクシマ』(講談社刊)の続編ともいうべき実録。阿武隈は3.11前から破壊が進んでいた。夢や生き甲斐を求めて阿武隈の地へ棲みついた人たちがどのように原発爆発までを過ごし、その後、どのように生きることを決断していったか。なかなか書けなかった赤裸々な実話、エピソードを時系列で綴った記録。
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