「人間史」を見つめ直す(21)

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ペリー来航前に書かれた一冊の「日本攻略本」


イシコフ: ところで、イギリスという国は実に不思議な国だとは思わないかい?
 本国は面積の小さい島で、資源が豊富なわけでもない。産業革命が最初に起こったとはいえ、それは他の西欧諸国やアメリカもすぐに続いたから、技術力は大した武器にならない。それなのに世界中に植民地をもち、富を蓄積していった。

 これは、イギリスの富裕層は、ものを作る商売ではなく、金融や貿易といった金とモノのやりとりだけで利益を生むビジネスに特化していったからだ。
 ロンドンの中心街、いわゆる「シティ」と呼ばれるところを拠点にした「金融ジェントルマン」と呼ばれる者たちが、政治をも動かして、どんどん富を増やしていく。イギリスのロスチャイルドはその筆頭だね。
 19世紀のイギリスの貿易収支は、製造業だけを見ると大赤字だった。それなのに全体では大きな黒字。
 銀行をはじめとする金融関連、貿易為替関連、保険会社、船舶会社などの運輸関連、金属鉱山開発といった分野で大富豪が次々に誕生し、それらの事業に投資する個人投資家や金貸しもどんどん儲けていった。

 江戸時代の日本にはそうした新しい経済システムについてはほとんど無知だったし、その怖さも理解できていなかった。

 一方、欧米列強は、日本のことを熟知していた。
 ペリーが浦賀にやって来る1853年の前年、1852年に、ニューヨークとロンドンで同時刊行された本がある。
 チャールズ・マクファーレン(1799-1858)というイギリス人が書いた『Japan: an account, geographical and historical,from the earliest period at which the islands composing this empire were known to Europeans, down to the present time, and the expedition fitted out in the United States, etc.』(日本の地理的、歴史的な説明:この島が帝国を形成してヨーロッパ人に知られるようになった昔から現代まで、そしてアメリカ合衆国が艦隊を編成して遠征する件について、その他もろもろ)という、ものすごく長いタイトルの本だ。
 アメリカが日本に艦隊を送って開国を求める計画を知って、それに合わせて出版した本だ。一般の出版物だから、誰もが購入して読めたし、当時のアメリカでは、これから日本という東洋の島国に向けて我が合衆国から「日本開国プロジェクト」の船が出帆するという情報を多くの人が共有し、日本という国に興味を抱いていたわけだね。それを見込んで出版した本なんだから。
 ペリーもこの本を携えて、長い航海の間に日本に対する基礎知識をしっかり頭に叩き込んだようだ。
 現代日本に住む私たちも和訳本を読める。本当に驚くべき内容だから、ぜひ読んでみるといいよ。
マクファーレン著『Japan: an account, geographical and historical~』(国際交流基金ライブラリー より)




 マクファーレンは歴史に関する著作をいくつも書いているけれど、日本に行ったことは一度もない。主に長崎出島で暮らしていたオランダ商館長や医師などを含む商館員(オランダ人だと偽って入国したイギリス人やドイツ人も含まれている)が書いた日本についての文章や、過去の日本に関する書物から得た情報をまとめているだけなので、すべて「二次情報」なんだけれど、その内容は実に詳細、正確だった。
 日本でも学校でこの本をしっかり読み込ませたほうが、教科書にマーカー引きながら暗記する勉強よりはるかにいいと思うよ。
 例えば日本でのキリスト教布教と禁教の経緯についても、

「布教への規制も、もとはといえば、東アジアで活動する複数の修道会が、互いに憎しみあい、いがみあっていたことが原因だった。布教の活動を、最初にこの国にやって来て大きな成功を収めた先駆者に任せておけば、少なくとも迫害を引き起こすようなやり方にはならなかっただろうし、より多くの日本人がカソリックに改宗したことは間違いないだろう。
 抜けめなく、慎重にことを進めてきたイエズス会だったが、他派の修道会がこの国に押し寄せてきた。フランシスコ修道会、ドミニコ修道会、アウグスチノ修道会。ゴア、マラッカ、マカオをはじめとした各地のポルトガル植民地からたくさんの宣教師がやって来た。彼らはこの国の為政者とうまくやっていこうなどとは考えず、身内だけの勝手な法体系をつくって運用した。
 フランシスコ会はドミニコ会と対立した。また、こうした会派の布教のやり方にはロヨラが見せた抑制的な態度が全くなかった。それぞれの会派が、日本人を煽動して他派を攻撃させることもした。真摯にキリストの教えを信じるようになった日本人は、こうした内輪揉めを何とかしようとするのだった。」

 と書いている。

 日本から金銀がどんどん流出したことについても、

「交易や布教の窓口となったのは豊後、平戸、長崎の三つの港だった。輸入品の利益率は少なくとも100パーセント。この国からの輸出品の利益も極めて高かった。年間300トンにもなる金、銀、銅がこの国から持ち出されている
 当時ポルトガル人は交易品の種類にも数量にも何の制約も受けなかった。大型船が行き来し、船が港に入ると人々はその日がまるで祝日であるかのように歓迎した。往時の様子をドイツ人(オランダ商館の医官、エンゲルベルト・ケンぺルのこと)が伝えている。「ポルトガル人による貴金属の流出があと20年も続いていたら、オフィル山(『旧約聖書』にある黄金の産地)が衰退してしまったのと同じように、この国で産出する富はマカオにすっかり移されていただろう」  と書いている。チャールズ・マックファーレン著『日本1852 ペリー遠征計画の基礎資料』草思社 より)
 オランダ東インド会社のバタヴィア総督の1744年の資料には、「日本からの金銀の持ち出しは年間84万英ポンド」とある。金に関してだけでも、1680年に金の持ち出しが禁止されるまでの間に数千万英ポンドという巨額の金が海外に出てしまっている。
 こうした資料をもとに、OECD(経済協力開発機構)は、1700年における日本のGDPは154億ドルだと試算している。ちなみに同じ時期のイギリスは107億ドル、オランダは40億ドル、スペインは75億ドル、ポルトガルは16億ドル、アメリカは5億ドルにすぎない(The World Economy Historical Statistics)。

凡太: 鎖国をしていたといっても、日本はすでにいいカモにされていたんですね。

イシ: そうかもね。まさにカモネギ状態だね。
 さらに驚くのは、天皇と将軍という二重支配構造についても深い洞察を働かせていることだね。

「日本の政府は確かに専制政治ではあるものの、何もかもが独断的に進められるとはとても言えない。日本では全ての物事が昔から伝わる不変の法により進められ、人々も当然にそのやり方に従う。いかなる高位の者も法律の上位にあるということはない。心の皇帝(帝)も世俗の皇帝(将軍)も、こうしたきまりに従わなくてはいけないのは、この国の最下層の民と変わることはない。
 法と慣習。これが誰にも重くのしかかっているのだ。命を懸けた行動でさえも、決まりきった、融通のきかないこうした法と慣習によるコントロールから抜け出すことは難しい。それでも、法律やしきたりを守る日本人にとっては、気ままで気紛れな専制よりもこうしたやり方のほうがベターなのだ」チャールズ・マックファーレン著『日本1852 ペリー遠征計画の基礎資料』草思社 より)

 「心の皇帝と世俗の皇帝」という表現がすごいよね。

 こうした詳細な分析をあらゆる分野、自然、地下資源、農業技術、動植物から娯楽や言語に至るまで事細かに書いた上で、これからアメリカが開国を迫るプロジェクトに関して、どのように進めるべきかも論じている。
 まず、日本の兵力について、
「侍にとってその身分を剝奪されることは究極の刑罰として理解される。どんな下級武士でも帯刀が許されている。その特権は最高の身分にある者と変わらない。彼らは武士であることに強い誇りを持っていて、侮辱に対しては毅然として決闘に訴える。ときには侮辱されるよりも腹を切って死ぬことも選ぶ。もしこれが本当なら、日本の兵士は強力で激しく戦うだろう。アメリカが侵攻した場合、まずこの国は敗れるに違いない。アメリカの兵隊は、かつてメキシコに進軍したときのようにこの国を打ち負かすだろう。ただ、その過程でどれだけの死者が出るかは想像さえつかない
 ……と書いている。
 また、当時の香港貿易監督官のデイヴィスという人物が、以下のような助言をしていると紹介している。

「ここ数年の日本の外国船に対する対応を検討してみると、どうも彼らは極端な事態になることはできるだけ避けようとしている。理性的なアプローチがうまく行く可能性が出てきている。とはいえ、交渉そのものはかなり難しいものになるだろう。(略)
 仮に将軍が考えを改めて条約が結ばれるとなれば、そのときにはこの国の不思議なルールを頭に入れておいたほうがよい。こうした外国との条約は将軍が了解するだけでは不十分で、内裏の承認が必要になる日本には二人の皇帝が存在する内裏は日本人の心の皇帝であり京都に住んでいる

 著者のマクファーレンはこうした分析を踏まえて、こう結論づけている。

「我が友人アメリカが軍事力を行使すれば、血にまみれた殺戮の歴史が刻まれるだろう。そして日本は硬い殻の中にいっそう引き籠ってしまうだろう」(チャールズ・マックファーレン著 『日本1852 ペリー遠征計画の基礎資料』草思社 より)

凡太: すごいですね。そこまで分かった上で、ペリーは日本に来たんですね。

イシ: 蒸気船や大砲、最先端の銃火器といった技術力の差だけでなく、情報収集力という点でも、すでに日本は欧米にかなわない状況だった。
 そんな中でどのように対外政策を進めて、日本を植民地化から守れるか……徳川政権に課された責任の重さと困難さは想像を絶するね。

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