「人間史」を見つめ直す(11)

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合戦の時代の話に学ぶことは少ない


武士同士の戦争ドラマを楽しむ現代人

イシモリ:  ここから先のいわゆる戦国時代の時代については、私としてはますます深入りするつもりはないんだよね。武将の立身出世物語や合戦の様子なんかは、話としては面白いんだろうけれど、歴史から何を学ぶかという点では希薄だと思うから。

凡太: NHK大河ドラマの世界ですか?

イシ: そう。サイコパス武将による大量殺戮とか、下克上とか、そんなのを娯楽作品として消費しているのが今の日本人だろう?
 過去の殺し合いというのは、平和な時代の民衆にとっては娯楽になるんだよね。
 私が子どもの頃、漫画雑誌やテレビアニメでは太平洋戦争を舞台にしたものがいっぱいあった。戦闘機乗りを主人公にしたものだけでも、『0戦はやと』「ゼロ戦レッド」「紫電改の鷹」……とかね。
 ゼロ戦ラーメンなんて即席ラーメンも売っててね。4個だか5個だかまとめ買いすると漫画が印刷されたハンカチがもらえたんだよ。味が濃くて、身体には悪そうだったな。
 知らないだろ。

凡太: 知りません。

イシ: あれだけ悲惨な戦争を、戦後20年も経たないうちに娯楽として経済にのせてしまうんだから、逞しいというか節操がないというか……これも日本人の特質かな。

 おっと、脱線したな。武家政権の話をしようとしていたんだったっけ。

 とにかく、7世紀から17世紀までの殺し合いの時代は、登場人物のキャラクターとか、殺し合いのドラマ性とか、そういうのはいくらでもほじくれるだろうけれど、要するに不毛の時代なんだよ。
 もちろんその間、産業が発展したり、外国から鉄砲だとかキリスト教だとかが入ってきたり、いろいろあっただろうけれど、縄文時代から大和王権になったときのような劇的な変化ではなかった。
 言い換えると、大和王権が成立したときの武力と騙し合いによる権力闘争が、登場人物を替えながら続いただけのように思える。

 7世紀には大和を拠点とした豪族であったという蘇我氏が王家に深く入り込んで権力を手にし、蘇我氏が追いやられた後は藤原氏が台頭していって、さらには源氏、平氏といった武士が武力闘争を激化させると、各地で武士団が台頭して戦国時代になって……という流れ。

敵対しても後醍醐天皇を殺さなかった武家勢力

 天皇家と武家との直接対決は、後醍醐天皇のときが最初で最後だったんじゃないかな。
 西の天皇家、東の鎌倉幕府という構図ができあがって、その両者が対立を深めた。
 後醍醐天皇が鎌倉幕府を倒そうとした最初の試みは元亨4(1324)年の正中の変。これは後醍醐天皇側の失敗に終わるんだけれど、幕府は天皇を処罰することはせず、側近を島流しにしただけでうやむやにしてしまった。
 その後、皇位継承問題を巡って後醍醐と鎌倉幕府は再び対立し、今度は元弘の変(元徳3(1331)年)という戦になるんだけど、後醍醐はまた負けてしまう。このときも後醍醐天皇は殺されることなく、隠岐への島流しになる。
 その後、島を脱出した後醍醐は、幕府側から天皇側へ寝返った足利尊氏の助けを得てついに鎌倉幕府を倒した。
 しかし、その後、後醍醐が始めた「建武の新政」と呼ばれる政治が、公家や寺社を優遇するものだったので、武家の反発を買い、今度は後醍醐を見限った足利尊氏によって倒されてしまう。
 このときも後醍醐天皇は殺されることなく、京都御苑内の邸宅に幽閉されるだけで命拾いしている。

 その幽閉先から抜け出した後醍醐は、奈良の吉野に入って自らの正当性を主張して、尊氏が擁立した京都の光明天皇(北朝)と後醍醐が主張した吉野の南朝に分裂して、南北朝時代が始まる……という流れ。

凡太: 後醍醐天皇って、諦めない人だったんですね。

権力が弱まっても天皇家が消滅しなかった理由

イシ: というか、ここでも武家は天皇を完全に倒してはいないということに注目すべきだよ。後醍醐天皇を殺して「今日からは俺が天皇だ」とはならなかった。実権を握った武士たちが、なぜか自分たちが天皇家になろうとはしなかった
 なぜだと思う?

凡太: 天皇という存在が特別すぎて、殺したりすると祟られると恐れたんですかね。

イシ: うん。それはあるだろうね。
 すでに見てきたように、ニニギ系天孫族は、自分たちが日本列島を支配する正当な神の子孫であるということを民衆に刷り込むことに成功した。記紀の世界を創作したりしてね。
 でも、その際に、先発のニギハヤヒ系天孫族を駆逐し、物部氏を倒したことで、負い目もあった。ニギハヤヒ系の功績を乗っ取って自分たちを正統派に仕立てたという、ぬぐいきれない負い目かな。
 だからこそ、出雲系の神様を尊重して祟りを鎮めようとしたり、出雲が築いたシステムをていねいに継承したんだけれど、つねに出雲系の祟り……「鬼」に代表される裏の力、闇の力を恐れていた
 そうした精神的な闇の部分を、成り上がってきた武士たちは完全には理解できなかっただろうけれど、自分たちには理解不能な霊的な何かが皇室に宿っていることを感じ取っていたんじゃないかな。
 それが何なのかは分からないけれど、単純に力でねじ伏せられない未知の力が宿っている……みたいなね。

凡太: その「よく分からない空気」を恐れて天皇家には触れないでおこうとしたわけですか?

イシ: そういうことはあるんじゃないかな。
 あるいは単純に「面倒くさかった」んだろうね。

凡太: 天皇家を滅ぼすのが面倒くさかった?

イシ: そう。天皇家が作った支配システムは複雑で、それを踏襲するのは面倒くさいし、自分たちの性に合っていない。それなら手をつけずに、うまく利用したほうがいい、という合理的な判断。

凡太: 性に合っていない? 優雅に蹴鞠をしたり歌を詠んだりする文化は、確かに武士のイメージには合いませんよね。

イシ: いや、武家が公家文化に抱いた憧れやコンプレックスは相当なものだったよ。眩いくらいのものだったと思う。真似したいけれどできない。あるいは、真似してしまうと自分たちの強みが骨抜きにされてしまいそうで怖い。
 室町や安土桃山の文化は、そうした複雑に葛藤したエネルギーから生まれたと言ってもいいんじゃないかな。
 足利の3代目・足利義満とか、徳川の3代目・徳川家光なんかは、公家文化への憧憬を隠そうともせず、徹底的に真似したよね。それが成金趣味みたいな感じになってしまってる面もあるけれど、公家文化と庶民文化をつなぐ役割も担っていたかもしれない。
 文化や芸術の話は始めるととりとめがなくなるのでここでは深入りしないけれど、とにかく、天皇家が作ったシステムをうまく利用して庶民を支配していくという構図は、今もずっと続いているわけだよ。


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「銅鐸(どうたく)」の謎を寓話風に解き明かすファンタジー風の中編小説。1988年、たくきが33歳のときに執筆した幻の作品。日本という国がどのようにしてできていったのか……記紀が大陸からこの列島に渡ってきて原住民たちを支配した「利口の民」が作り上げた神話だとすれば、この物語は彼らに征服された日本原住民たちにとっての隠された神話か。幸福な生き方を追求した人たちと、不思議な神(?)との対話が現代人に教えてくれるものとは?


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