「人間史」を見つめ直す(8)

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大和王権成立までの大筋を推理する


記紀以外の古文書をすべて冷静に紐解く

イシモリ: 古代史には実に様々な説が乱立している。どれもドラマチックで興味深いんだけれど、それをひとつひとつ取り上げているとキリがないし、とりとめがなくなるので、ここで私なりの推論を大雑把に紹介してみるよ。
 これは記紀以外に伝わる様々な古文書、例えば『先代旧事本紀(せんだいくじほんぎ)』、各地に伝わる『風土記(ふどき)』、さらには『九鬼文書(くかみもんじょ)』や『東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)』『竹内文書』『上記(うえつふみ)』『衆真伝(ほつまつたえ)』『三笠記(みかさふみ)』『契丹古伝(きったんこでん)』なんかも参考にしている。学界からは偽書として相手にされていない、いわゆる「古史古伝」と呼ばれているものも含まれているけれど、そうしたものも「まったくの偽書」ではなく、「どうしても伝えたいこと、訴えたいことがあったから書き記したもの」であろうという視点で接した上での推論だ。
 古史古伝を偽書としてハナから葬り去るのは、都合の悪い事実を「陰謀論」と呼んで抹殺するのと同じことだからね。
 同じ事件のことを書いていても、著者の立場によって正反対の内容だったりもする。しかし、それがどういう立場で書かれたかを考えれば、真相がうっすらと浮かび上がってくる。嘘や偏見が入っていたとしても、そこから見えてくる共通した情報がある

 ……とまあ、そんな感じの推論だから、鵜呑みにしてはいけないよ。ひとつの「古代史物語」として聞いてほしい。

凡太: いつになく前置きが長いですね~。分かりましたから、はやく聞かせてください。

イシ: まず、出雲のことからかな。
 すでに話したように、弥生時代には、出雲の地を拠点にした、青銅器や稲作文化を持った強力な勢力が存在していた
 出雲王朝は、アイヌ系の先住狩猟民族、環東シナ海をルーツとした海洋民族、そして新羅から渡ってきたインテリ知識層渡来人という3層構造の複合文化を持つ穏やかな古代国家だった。
 最後に渡って来た新羅系渡来人が伝えた技術によって、縄文時代にはなかった文化圏を築いていた。
 この新羅系の渡来人たちは、自分たちが持っていた技術や知識を使って、列島の原住民たちを武力で支配しようとはしなかった。原住民たちの宗教観や風習も尊重しながら、融合をはかっていったと思える。
 だから、出雲が出雲のままだったら、日本列島はもうしばらく平和だったかもしれない。

 しかし、そこに後から入ってきたニニギ系の天孫族(てんそんぞく)が武力と策略で列島全体を制圧しようとすることから長い戦いの時代が始まるわけだ。

凡太: ニニギ系の天孫族? なんですか、それは。

イシ: 天孫族というのは、天上の神様の孫、という意味だね。自分たちは神の血を引く者たちである、と宣言しているわけ。

凡太: 子ではなくて、孫なんですか?

イシ: 古事記などに書かれた神話の部分では、頂点に太陽女神であるアマテラスがいて、その子がオシホミミ。そのオシホミミの子であるニニギを始祖とした王族が自分たち天孫族だ、ということらしい。
 この話は、中国(いん)代に中国東北エリアから朝鮮半島北部にかけて実在したとされる「(しん)」という国の始祖伝説に似ている。
 辰は漢代の初めくらいにかけて他の中国の列強に()され、朝鮮半島南部にまで押し込まれ、そこで弁韓と辰漢という二国を作った。
 辰の始祖は太陽女神で、そのの「神孫」が鳥に乗って天上から地上へと降臨して辰国を開いた、ということが『契丹古伝(きったんこでん)』という中国の古文書に書かれているんだ。
 これがニニギを祖とする天孫族の話とそっくりなので、大和王権を作ったニニギ系天孫族は辰から分かれたグループではないか、という説がある。
 辰の王族が分裂して、一つは百済を開き、もう一つが日本列島に渡って大和王権を築いた、という説もある。だから大和王権は百済との交流があったのだ、と。
 ただ、天孫族にはもう一つ、別の系統があった。それがニギハヤヒ系の天孫族だ。

凡太: ニニギ系とニギハヤヒ系? なんだかややこしくなってきました。

イシ: まあまあ、もう少し我慢して聞きなさいよ。
 ニギハヤヒ系天孫族は物部(もののべ)氏の系譜なんだ。
 物部氏は大和王朝の中で代々大きな力を持っていた豪族だけれど、後に天孫一族と蘇我氏の共謀によって滅ぼされてしまう。
 ニギハヤヒは別名ホアカリともいって、物部氏の始祖とされる神様なんだけれど、物部系の古文書と言われる『先代旧事本紀』では、ニギハヤヒはニニギの兄で、ニニギと同様に天、つまりアマテラスの孫ということになっている。しかし、古事記ではニギハヤヒを土地の有力者としていても、天孫とは認めていない。
 先代旧事本紀によれば、ニギハヤヒは天上から舟に乗って河内国に降臨したという。一方のニニギは遅れて九州の筑紫国日向の高千穂峰に「雲の階段」を降りて降臨したとなっている。降臨の仕方もニギハヤヒはニニギよりずっと派手。つまり、ニギハヤヒこそが本流で、ニニギは傍流だと、それとなく主張している。
 多分、実際にニギハヤヒ系はニニギ系より先に列島で力を得ていて、列島原住民との結びつきもしっかり築いていたんだろうね。
 だから、後にニニギ系に滅ぼされたことをずっと恨みに思っていて、その思いが先代旧事本紀などに込められている。

 ニギハヤヒ系天孫族と出雲の基礎を築いた新羅系渡来人との関係はよく分からない。同じ系譜のようにも思えるし、別々のグループかもしれない。
 でも、とにかく先に日本列島にやって来た渡来人たちが築いた出雲王朝が、後から九州を拠点にどんどん東へと勢力を伸ばしていったニニギ系渡来人たちに最終的には敗れてしまった、ということは間違いないんじゃないかな。
 その間には複雑な闘争劇があっただろうね。ニニギ系に懐柔、吸収される出雲の高官もいただろうし、ニニギ系とニギハヤヒ系の間の権力闘争は、武力闘争ではなく、政略的な頭脳戦が中心だっただろう。

凡太: 難しい話になってきました。政略的な頭脳戦というのは、例えばどんなことですか?

イシ: そうだねえ。それは、天孫族の支配の仕方を見ていけば想像がつく。
 天孫族は、最終的には今も続く天皇家の基盤を築くわけだけれど、日本史における天皇家の存在というのは、世界でも稀にみる不思議な形態だよね。「半神半人」。神であり人であるという、よく分からない存在。
 記紀の中の天皇は、直接武力を行使して原住民のリーダーたちを次々に殺していく。しかし後世では、自らは手を下さず、戦争は武家に担当させる。それで政治からも手を引き、権力が弱まっても、天皇という最高の地位は確保されていて、時の権力者からも「神」「天子様」として別格の存在として扱われる。それが単なる政治の道具としてであってもね。
 天孫族はおそらく、大陸で力を得ていたときから、民衆を支配する術に長けていたんだと思うんだ。
 天皇家の世襲の際に行われる大嘗祭(だいじょうさい)という秘儀は、列島東西の新米を献上させて、それを誰にも見られない狭い空間で「神」と寝室を共にし、民から献上された新米を共に食する、という独特のものだ。農民が献上した新米を食するというのは、自分は農民たちの司祭であるということだし、神と一緒に食するのは、神の代理でもあるということだと思うんだけれど、そういう儀式からも、狩猟採集生活をしていた原住民を農民化させ、支配層と被支配層に分けながらも、信仰心に近い尊敬を得る、という高等テクニックが窺えるように思うよ。
 日本書紀で読んだ、原住民の中の抵抗勢力を騙し討ちのような形で皆殺しにしていった事例のように、政治の世界でも、密告、面従腹背、暗殺といった手法を駆使して、騙し合い、つぶし合いが続いたんだろうね。

凡太: 嫌ですねえ。
イシ: とにかく、大和王権による列島支配は、いくつもの怨嗟を生んだ
 1万年以上続いた縄文の文化や精神風土を変質させていったことによる「縄文の血」の抵抗。あるいは、初期の支配者層同士の権力闘争の果てに消し去られた出雲系からの恨み
 そうしたものが、今でもあちこちにいろいろな形で残っている。

凡太: どんな形でですか?

イシ: 例えばいろいろな鬼伝説とかは、その典型かな。
 蘇我入鹿が、自らの潔白を訴えるために鬼となって徘徊しているとか、「まつろわぬ者」の代表として描かれる謎の漂白民・サンカは、蘇我氏に滅ぼされた物部氏の末裔だとか、そういう系統の話全般だね。
 今の日本には、この「鬼」的な緊張感、複雑さが足りない。
 支配者と鬼の対峙は複雑な構図を築き上げるけれど、今の日本は、支配者と従順な一般大衆という単純な図式になってきている。
 そうした単純構造の世界には、魅力的な文化は育たないし、権力者の暴走を止める力も働きにくい。

凡太: 鬼の存在は重要なんですね。

イシ: そういうことだね。
 「鬼」が完全に消しさられてしまい、単純な支配構造が完成してしまったときこそ、日本という国は一気に弱体化し、縄文1万年の昔から受け継いできた大切な精神も消えてしまうんじゃないかな。



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「銅鐸(どうたく)」の謎を寓話風に解き明かすファンタジー風の中編小説。1988年、たくきが33歳のときに執筆した幻の作品。日本という国がどのようにしてできていったのか……記紀が大陸からこの列島に渡ってきて原住民たちを支配した「利口の民」が作り上げた神話だとすれば、この物語は彼らに征服された日本原住民たちにとっての隠された神話か。幸福な生き方を追求した人たちと、不思議な神(?)との対話が現代人に教えてくれるものとは?


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