「人間史」を見つめ直す(6)

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記紀はどこまで信用できるか


古事記・日本書紀という権力者による歴史創作

イシモリ: さて、ここまでは日本に信頼できる歴史書が存在しない時代のことだとされているね。「有史以前」なんていう言葉もあるけれど、文字による記録がないのだから、どこまでが本当のことだったのか正確には分からない、という認識のもとでいろいろな資料や遺物などを調べながら推論するわけだ。
 で、ここから後の時代は、私たちが学校で学んだときは、大和時代とか古墳時代とかと呼ばれる時代になっていって、大和地方、今の奈良盆地を中心とした地域を基盤に、倭人たちの地方政権ができあがっていって、その頂点にあるのが大和朝廷(大和王権)で……みたいな、概ねそんな内容だった。
 その根拠の一つとなったのが、日本最古の史書だとされている古事記と日本書紀。合わせて「記紀」と呼ばれているものなんだけれど、記紀に書かれた内容は、当時の権力者が編纂させたものだから、当然、権力者側に都合がいいように書かれている。
 古事記は和銅5(712)年、日本書紀は養老4(720)年に書かれたということになってる。私は「ナイフ探して古事記書く」とか「何を書いたの日本書紀」なんて覚えたものだよ。

凡太: 文字を書くのにナイフが必要なんですか? あ、すみません。しょーもないこと言いました。

イシ: 今のはスルーするとして、ここで私たちがしっかり考えなきゃいけないのは、記紀の内容はどこまで参考になるのか、ってことさ。
 古事記の冒頭には、太安万侶が編纂して元明天皇に献上した、と書かれている。日本書紀は日本最古の正史、つまり、国家が認定した歴史書ということになっている。
 700年代というのは、大和王権と呼ばれる権力体制が完成していた時代。前方後円墳が作られた3世紀から4世紀くらいにはもう列島最大の強力な政権として存在していたわけだから、記紀が書かれた8世紀には安定期に入っていたわけだね。
 ちなみに私が子どもの頃には「大和朝廷」と習ったけれど、今は「大和王権」「倭王権」「ヤマト政権」「倭政権」とか、いろいろな名称が使われるようになっているらしい。

凡太: 「ヤマト政権」だと、クロネコが支配していたりして……。

イシ: えっと、それもスルーするとして……。
 「大和」や「朝廷」という言葉を使うのはふさわしくないという学者たちの意見というのも、むしろどこか「大和史観」というか「皇国史観」に支配されているように思えるね。天皇制がしっかり確立された後の時代と分けておきたいという意図が感じられて……。
 まあ、それは置いておいて……。

 日本書紀は、仏教の導入を巡って対立した新興豪族の蘇我氏と物部氏の争いに一応の決着がついたいわゆる乙巳(いっし)の変の数十年後に書かれているということも重要だ。蘇我氏を滅ぼしたのは正しかったのだよ、と正当性を主張するための「正史」という意味合い。
 乙巳の変については改めて考えていくとして、ここでは記紀に書かれた内容に対してどう考えればいいのか、という点に絞ってみよう。

 まず、今、私たちが読める記紀は、最初に書かれたとおりの内容なのか、という疑問がある。

凡太: え? 書き換えられた可能性があるんですか?

イシ: それは当然あるよ。
 日本書紀を例にとると、学問の神様と言われる菅原道真が寛平4(892)年に編纂した『類聚国史(るいじゅうこくし)』という歴史書がある。元は本史200巻、目録2巻、帝王系図3巻からなる大作だったんだけど、今はそのうちの61巻しか残っていない。
 そこに日本書紀からの引用文がいくつか書かれているんだけれど、今、私たちが読める『類聚国史』には「日本書紀と違うところは日本書紀に合わせて直した」という断り書きがついていたりする。
 おかしいだろう? 原本に近い写本を直してしまったら、今読める日本書紀の内容と比較することができないじゃない。
 加賀の前田家には原本に近いものが所蔵されているとも言われているけれど、私たちがそれを読むことはできない。

 凡太: でも、『類聚国史』のほうが記紀より170年以上後に書かれているんですよね?

イシ: 古いほうに合わせるのが当然、という論か? でも、合わせたのは現代だよ。現代に伝わっている日本書紀よりも、原本に近い類聚国史のほうが信憑性が高いともいえるだろう?
 魏志倭人伝もそう。『魏書』より後世に書かれた『後漢書』や、『魏書』より前に書かれたとされる『魏略(ぎりゃく)』や『広志(こうし)』といった書に出てくる倭人や倭国に関する記述があるんだけど、それらも日本で読める『魏志倭人伝』(岩波文庫版)で紹介している部分では、『魏書』の内容に合わせて書き直しているという指摘もある(故・鈴木武樹氏ら)。
 こんな風に、古い時代の書物の内容というのは、現代に伝わる間に原本とは違った内容に変わってしまっている可能性が高い。
 そもそも記紀に書かれていることそのものが、時の政権の正当性を主張する内容だから、滅ぼされた側は悪者にされている。日本書紀では蘇我入鹿が極悪人で、殺さなければならなかったという論調になっているけれど、要するに権力闘争だよね。勝った者が後から「あれは正しい殺人だった」と主張するのは歴史の中では定番なわけで、入鹿がどんな人物で、蘇我氏がどんな政権を画策していたのかは分からない。
 そもそも蘇我「入鹿」とか「蝦夷」とか「馬子」いう名前が不自然すぎる。そんな名前を自ら名乗るはずはないだろ。後からそのような蔑称をつけたに決まってる。

凡太: クマソとかツチグモみたいに、ですか?

イシ: そういうこと。元々は違う名前だったはずで、本来の名前は見事なまでに歴史から消し去られてしまった。おかげで彼らの名前は今でもすべての日本人から蔑称で呼ばれている。
 権力者が後から都合よく書き換えた歴史が「正史」とされれば、その後ずっとそれが「歴史」として残ってしまう
 私たちが学校で学ぶ「歴史」は、そういう歴史なんだよ。

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「銅鐸(どうたく)」の謎を寓話風に解き明かすファンタジー風の中編小説。1988年、たくきが33歳のときに執筆した幻の作品。日本という国がどのようにしてできていったのか……記紀が大陸からこの列島に渡ってきて原住民たちを支配した「利口の民」が作り上げた神話だとすれば、この物語は彼らに征服された日本原住民たちにとっての隠された神話か。幸福な生き方を追求した人たちと、不思議な神(?)との対話が現代人に教えてくれるものとは?


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