大楽一のカエル学(3)モリアオガエル


卵塊は見つけやすいがカエルはなかなか見つからない

さて、私がカエルに興味を持つきっかけとなったモリアオガエルについて話しましょう。
私はモリアオガエルそのものよりも先にモリアオガエルの卵を見たわけですが、その後、長い間モリアオガエルを見つけることはできませんでした。
そういう人はいっぱいいると思います。卵塊は逃げないし、目立つので、毎年産む場所、産む時期が分かっていれば見ることができますが、カエルはなかなか姿を見せないのです。

モリアオガエルの卵塊



産卵中のモリアオガエル


見つけることができるとすれば、産卵期ですね。このへんでは6月くらい。卵を産むために産卵場所に集まってきます。オスはメスを呼ぶために鳴きながら待ち続けますが、警戒心が強く、人の気配などがすればそれが遠くであってもすぐに鳴きやみます。
メスは卵を産むために、水面に張りだした枝を持つ木に登りますが、そのメスにオスが何匹も群がり、樹上で産卵が始まります。

モリアオガエルにとって最大の問題は、産卵場所がなくなっているということです。
道路の拡張工事や森林伐採などに伴い、沼や天然の池はどんどん消えています。毎年産んでいた場所が壊されると、メスガエルは新たな産卵場所を求めてさまよい歩きます。そのときに道路を横断したりすることもあるので、道の真ん中でで大きなモリアオガエルのメスに遭遇することも何度かありました。

道路の真ん中をうろうろしていたモリアオガエル↑↓


いい場所が見つからないと、仕方なく、樹上を諦め、田んぼの縁の草に絡ませて産んだりもします。
しかし、農家の人はまめに草刈りをして、田んぼの縁に草を生やしたりしませんから、そういう場所さえ見つけるのは難しくなっています。

木がないので、やむなく田んぼの縁の草に産みつけられた卵塊↑↓


モリアオガエルという名前から、人が入らない森の奥で暮らしているんじゃないかと思う人が多いんですが、オタマジャクシが育つにはある程度水温が高くなる止水、流れていない水が必要なので、山奥の冷たい沢水ではダメなんですね。
産卵場所を失ったモリアオガエルは、自棄になって道路脇の枝や、下に水がない枝に産んだりすることもあります。

このままでは確実に死んでしまう卵塊
そういうのを見つけたときは、私は卵塊を持ち帰り、家の池で孵化させてきました。ただでさえ絶滅の危機を迎えているモリアオガエルの数を減らしたくないという思いからです。
それは「自然への人間の介入だ」と非難する人もいます。でもねえ、考えてみてください。モリアオガエルの産卵場所を大規模に奪っているのは人間なんです。それは「仕方がない」といって、放っておけば死が待っている卵を移動させることは自然への不当な介入だというのは、私には納得できません。
ちなみに、私はカエルを水槽に入れて飼ったりすることはしたことがありません。カエルも昆虫も野鳥も、自然の中で生きてこその命だと思うし、野生の生き物を「飼う」という行為が嫌なのです。

おっと、話が逸れましたね。
モリアオガエルを見ることは難しいという話に戻ります。

モリアオガエルはオタマジャクシのうちは見ることができるのですが、脚が生えてきたと思うと、あるとき忽然と姿を消します。これはどのカエルでもあたりまえだと思うでしょうが、他のカエルはオタマジャクシからカエルになった後も、池の周りをウロウロしているのを見たりすることがありますが、モリアオガエルは徹底して姿を見せなくなるんですね。池から上陸する姿も見せない。きっと夜中に一斉に上陸して、すぐに茂みの中や枯葉の後ろなどに姿を隠してしまうんでしょう。そのへんが、楽天的なアマガエルなどとはまったく違うところです。

モリアオガエルの性格

モリアオガエルはほとんど姿を見せない謎の多いカエルで、忍者みたいだなあと思います。体力はシュレーゲルアオガエル……あ、サトアオガエル……よりもあって、田んぼの縁の草むらで孵化したオタマジャクシが、水のない地面に流れ出しても、屈伸しながらぴょんぴょんと跳びはねて、そばの田んぼに飛び込んだりもします。
私は、大昔はモリアオもサトアオも同じ種族だったのではないかと想像しています。サトアオの一部が、あまりにも運任せで確率の悪い産卵の仕方に嫌気がさし、木に登って産卵するという方法を考えた。しかし、そのためには強い体が必要なので、自らマッチョな身体に鍛え上げた。それだけのことができる精神力も持ち合わせたグループが、サトアオからモリアオに変身していったのではないか……と。
のんびりしてどこか貴族のようなサトアオに対して、モリアオは武士というか、普段は姿を隠して鍛錬している忍者みたいです。

……と、このへんでそろそろみなさんは呆れてきていますか? なんだこのおっさん、カエルに入れ込みすぎて妄想がとまらんみたいだな。頭大丈夫かと。
はいはい。分かってますよ。最初に言ったでしょ。私は生物学者でも学校の先生でもない、たまたまカエルに興味を持っただけのおっさんだと。
でもね、カエルたちを見ていると、種類によって性格がずいぶん違うことはすぐ分かります。同じ種類のカエルでも、個体差があって、性格も違う。池に棲みついたトウキョウダルマガエルなんか見ていると、すぐに逃げるやつ、逃げようとしないやつ、ふてぶてしく近づいてきて威嚇しているのか?なんて思えるやつ、いろいろいます。
カエルなんてみんな同じだと思っているとしたら、とんでもない間違いです。1匹1匹、ちゃんと個性があるんです。
それが分かってきてからは、私はカエルを見ながら、自分の人生を重ねてみたり、命とはなんだろうと考えたりしているんです。

私は調査や実験を通して物事を明らかにしようとする学者タイプではないし、理論や主義主張にそって「自然とはこう向き合うべき」なんて意見を振りかざす運動家タイプでもありません。多分、そういうタイプの人たちは、カエルに感情移入なんてしないでしょう。
私は、自然を守ろう、守るべきだ、と主張するよりも、カエルを見ながら、「大変だなあ」「気の毒に」「運が悪かったね」などなど、人間に対するのと同じような感情を持ってしまうんです。結果、そこに居合わせた自分は何ができるのか、自分がカエルだったらどうしてほしいだろう、自分はどんな生き方をしているのか、なんてことを考え、自然に行動しているんだと思います。
世の中にはそういう人もいるんだな、という程度に思ってもらえれば、そして何かを考えるきっかけになってくれれば、今日、ここに来て話をした意味も少しはあるのかもしれません。

あ~、とりとめもなく、まとまりのない話になりましたが、時間も限られているので、今日はこのへんにしておきます。こんな話につき合ってくれてありがとう。

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