そして私も石になった(24)


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終章


 どれくらい眠っていたのだろう。
 目が醒めたときはすでに日は高く上っていた。
 もしかすると眠ったまま何日も経過しているんじゃないか……そんな感覚に包まれていたが、俺は敢えて確かめなかった。

 壁際にある机の上に、俺が使っているノートが広げられたまま置いてあるのが目に入った。
 手に取って見ると、長い文章が書き加えられていた。
 俺はそれを書いた記憶がないのだが、書かれていることはすべて鮮明に覚えていた。

 ああ、あれは夢ではなかったのか……。

 床の穴は空いたままだった。
 覗き込むと、あの石が……いや、「N」がまだそこにいた。
 でも、もう何も語りかけてはこない。眠ってしまったのだろう。

 俺は窓際まで行き、外を見た。
 よく晴れている。
 空気が澄んでいるせいか、いつも見ている山が、少しだけ近くに迫って見えた。
 もうすぐ重機がやってきて、この校舎は完全に取り壊される。この窓から見える景色もそろそろ見納めなのだな。
 そう思ったとき、俺は床に空いた穴の場所に戻り、破れた床板を外し、土に埋もれている石に手を伸ばし、恐る恐る触ってみた。
 石は思っていたよりもずっと小さくて、手だけで簡単に掘り起こせた。重さもそれほどではなく、片手で持ち上げることができた。
 俺は手にした石の表面を手でぬぐい、付着した土を落とした。

 これがNか……。

 俺は石をノートの隣に置いた。
 まだ信じられない。
 しかし、自動書記のように綴られたノートがここにある。
 石も夢の中ではなく、今目の前にある。
 これはやはり「現実」なのだろう。Nが言っていたように、人間の常識では把握できない現実。

 俺はこれから、この石を持ってここを出るつもりだ。
 向かう先は多分、窓から見えているあの山だろう。
 そしてもうここには戻らない。

 俺はNのように石にはなれないだろうが、Nの隣で土に還ろうと思う。
 その土は、長い時間を経て、何か別のものになるだろうか。
 その頃には人間社会も、Gも、この地球さえも消えているかもしれない。
 Nも石の形をとどめてはいないだろう。

 そうだ。石はただの「形」にすぎない。
 Nが石の姿なのは、たまたまそうした「形」があったからにすぎない。
 「形」はなんでもいいのだ。
 そして、そんなことをぼんやりと考えているこの俺も、すでに「石」になりかけているのかもしれない。
 Nも経験したことのないような長い時間の果てには、俺も石になっているのかもしれない。
 ……そんな夢を見ながら、穏やかに、長い眠りにつけたらいいね。

 俺はもう一度石を手に取り、声をかけた。

「おやすみ。俺もそろそろ、眠ることにするよ」

<おやすみ>

 そう返事をするかのように、どこかから烏が一声鳴くのが聞こえた。




事務局・いつき事務局・いつき: 用治さんのノートはここで終わっています。
 用治さんが残したノートは、何人かの手を経て、今は第三分校事務局が持っています。もしかすると何冊か抜けているかもしれません。
 私はもちろん用治さんと会ったことはありませんし、森水学園本校校舎も見ていません。
 私が事務局担当としてこのWEBサイトを作り始めた頃、一度、本校がかつてあった場所を訪ねたことがあります。
 校舎は跡形もなく、敷地全体がきれいに整地され、色鮮やかな樹脂塗装を施されたランニングトラックまでありました。
 何のために作られたのかよく分からないその運動公園のような場所には、私の他には誰もいませんでした。
 敷地の中央付近に立ってみましたが、用治さんのいた用務員室がどのへんだったのか、「石」はどのへんにあったのかは分かりませんでした。
 南東の方角には山波が見えます。
 用治さんは今もあの山のどこかで、石と一緒に眠っているのかもしれない。
 もしかすると、用治さんが最後に残した小説風の文章につけたタイトルのように、今は「石」になっているのかもしれない。
 少し霞がかかった山波を見つめながら、ふとそんな想像をしてしまいました。

 これを書いている今は2022年2月です。
 今まさに、用治さんのノートに書かれていたような「終末」が進んでいるように思えますが、私には何もできません。
 用治さんの心境にはほど遠いですが、せめて用治さんが残したノートの内容をこうして公開し、あとは心の健康をなるべく保てるよう、笑いや娯楽を忘れずに暮らしていきたいと思います。
 ここまで読んでくださったみなさまも、どうぞご安全、ご健康で過ごせますように。
(事務局・いつき)

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ジャンル分け不能のニュータイプ小説。 精神療法士を副業とする翻訳家アラン・イシコフが、インターナショナルスクール時代の学友たちとの再会や、異端の学者、怪しげなUFO研究家などとの接触を重ねながら現代人類社会の真相に迫っていく……。 2010年に最初の電子版が出版されたものを、2013年に再編。さらには紙の本としても2019年に刊行。
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