そして私も石になった(17)


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「常識」とは何か


「大体のところは分かった。でも、にわかには信じられないな」
 俺としては、そう言うのが精一杯だった。

<信じる必要はない。いや、簡単に信じてはいけない。とことん考えてみてほしいんだよ。
 人が信じる信じないという言葉を使うときは、背後に「常識」というものが存在している。疑いようのないこと、あるいは疑ってはいけないと認識されている情報や解釈。
 でも、この世界に「常識」と呼んでいいものなど、ほとんどないんだよ。
 今の私の話をきみが受け入れられないのはよく分かる。億単位の人間がそんなに簡単に殺されるはずはない。同じ人間がそんなとんでもない計画に加担し、粛々と実行しているなど考えられない。そういうことだろう?>

「う~ん。まあ、そうかな。
 Gがどんな連中かというのは、話がぶっ飛びすぎていて想像できない。でも、あんたの話の通りなら、ウイルスとワクチンの『合わせ技』で人口削減計画を実行しているのは、殺される側と同じ人間なんだろう? しかも、少数じゃない。ウイルスを研究開発する研究者たち、ワクチンを製造する製薬会社や製造工場の人間、上も下も合わせれば相当な数の人間が関わっていることになる。
 そうした人たちがみんな、億単位の人間を間引いていく計画を受け入れるとは思えない」

<そう、まさにそこだよ。億単位の人間を、巧妙な仕掛けで間引いていくなんていうこと自体が「常識」を逸脱しているという認識があるからさ。例の「正常化バイアス」だね。「常識バイアス」といってもいい。
 そんなことはあるはずがない。確かに、自分が今やっていること、やらされていることはどこかおかしい。でも、まさかそんなとんでもない話に結びついているはずはない、と思い込もうとする。
 そうした「常識バイアス」が働いて、一人一人が疑問に思いながらもやっていくことが積み重なると、常識外れな結果を生み出してしまう。
 人口が増える減るという話でいえば……そうだな、例えば、世界中で、年間どのくらいの赤ん坊が堕胎されていると思う?>

「さあ……あまり考えたことがないなあ」

<この日本という国では、統計上は約30万だ。昭和30年には117万人という統計があるので、ずいぶん減ったとも言えるね。これはデマや誇張ではなく、国が出している統計の数だよ。
 30万人というと、秋田市、盛岡市、福島市といった東北の都道府県の県庁所在地の人口だ。つまり、毎年その規模の都市の人口が中絶によって消えている。
 さらにいえば、毎年癌で死ぬ人の数と大体同じだ。
 ということは、もし日本で人工中絶が禁止されて、年間30万人の赤ん坊をすべて養子にして誰かが育てたとしたら、毎年東北の県庁所在地規模の都市が1つずつ増えたり、癌で死ぬ人がいなくなるのと同じだけの人口増になるわけだ。
 日本国内でさえこの数字だから、全世界となると数千万人から億の規模の胎児や赤ん坊が殺されている。
 途上国では、資格のない闇医者がろくに消毒もしないままに処置したり、妊婦に強力な下剤を飲ませたり、妊婦の腹をグイグイ押したり、乱暴な方法で母親も一緒に死んでしまうケースがかなりある。
 生まれた途端に殺されてしまう赤ん坊もたくさんいる。中国では、一人っ子政策の副産物として、女の赤ん坊がたくさん殺されてきた。生まれたばかりの男の赤ん坊とこっそり交換するという商売まである。
 さらにいえば、中絶胎児や、産んだ途端に親が捨てる赤ん坊の一部は「商品」として闇売買されている。美肌化粧品などに使われるコラーゲンの抽出から始まり、薬物反応の実験台、つまり生きたままの赤ん坊による生体実験……。新薬開発の裏では、そうしたことがこっそり行われてきた。
 さすがにこうした実態は今ではほとんど表に出ることはなくなった。システムが巧妙になっていったからね。
 こうしたことは、多くの人たちは「常識」として受け入れない。そんなことがあるはずはない、と思い込む。
 しかし、歴史を見直せば、ナチスの「T4作戦」や日本陸軍の「731部隊」など、多くの人の「常識」「良識」からかけ離れたことが歴然と行われてきている。
 T4作戦というのは、ナチスが行った優生思想による障碍者の殺害作戦のことだ。7万人以上の障碍者が施設から灰色のバスに乗せられてガス室送りになった。
 T4作戦の中止命令が出てからも、いくつかの病院では入院していた障碍者を薬殺や食べ物を与えないで餓死させるなどし続けていた。
 さらに、T4作戦はユダヤ人虐殺へとつながっていく。T4作戦で障碍者をガス室に送り込んだ医師、看護師、移送作業に携わった運転士や焼却場などの作業員らの多くは、その後に続いたユダヤ人虐殺でも同じ役割を果たしている。
 これが広く知られるようになったのは1945年の終戦後だ>

「またナチスドイツか……」

<いやいや、優生思想による障碍者の排除という政策を実施していたのはドイツだけじゃない。当時、障碍者を殺害まではせずとも、強制断種させるという政策は欧米で普通に実施されていた。アメリカ、カナダ、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、エストニア、アイスランド、スイス、オーストラリア、日本などで、障碍者の強制断種は国の政策として行なわれていた。
 国が政策として押し進めていて、それを国民も受け入れていたということは、優生思想は当時の「常識」になっていたともいえるね。
↑当時のドイツで学校の教材に掲載されていた図。「遺伝病患者は国家に1日あたり5.5マルクの負担をかけている。 5.5マルクあれば遺伝的に健康な家族が1日暮らすことができる」

 太平洋戦争後、アメリカは731部隊が得た生体実験のデータを引き渡すことを条件に、関係者たちの罪を問わないことにしたのは広く知られた事実だし、人間の歴史にはこの手の話はいくらでも出てくる>

「そうだな。その時代に俺はすでに生まれて、生きていた。中国大陸で経験したことを、少しずつ思い出してきたよ。人間がそういう虐殺を世界のあちこちで行っていたのは大昔の話じゃない。俺の人生の時間の中で実際に起きていたことだ。これは認めないわけにはいかないな」

<少しずつ自分の頭で考え始めてくれたようだね。
 そういうことなんだよ。それが人間の歴史だし、人間という生物の本質の一部でもあるんだ。認めたくないだろうけれどね。
 一般に「常識」とされている認識なり感覚は、自分が見たくない現実を見ないようにしている「架空の世界」の話なんじゃないかい?>


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