そして私も石になった(15)


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これから起きること


「10年後くらいに起きる『本番』について、もう少し具体的に知りたいものだな」
 俺はNに言った。

<そうだねえ。我々は神ではないから、未来が見えるわけじゃない。でも、今までの人類史を見てきたから、Gが考えること、仕掛けてくることを予想することはできる。
 今から話すことは競馬の予想のようなもので、その通りになるかどうかは分からないという前提で聞いてくれ。もちろん、競馬の予想よりはずっとまともな予想だと思うけれどね>

「分かった分かった。いいから教えてくれ。あんたらが予想するこの世界の近未来を」

<まず、社会の大まかな方向性は変わらない。変わらないというよりも、ますます加速する。
 人の思考は唯物論的な方向に突き進む。この世界を構成しているのは自分たちが認識できる物質のみであって、物質を支配することが人間にとっての進化であり、正しい道だという考え方が揺るぎないものになる。哲学、文学、純粋芸術といったものの地位が下がり、科学、工学系の価値が尊重される社会になる。
 物と人を支配するためには金がいる。資本主義社会の中で成功を収めた小金持ちたちは、ますます拝金主義に走る。
 拝金主義と結びついた権力依存症もますますはびこる。これは大昔から人間が抱えている病理だけれど、そうしたものがかつてより簡単に増殖し、排除・修正しにくい社会になる。
 技術革新は主にデジタル技術と生命科学の分野で急速な発展を続ける。情報伝達の手段はほぼ完全にデジタル化され、形というものが失われる。音も映像も文章もすべてデジタルデータに変換され、デジタルデータのまま伝達、保存される。形が残るのは入口と出口だけだ。音声であれば入口にあたるマイクと出口にあたるスピーカー。映像ならば入口のカメラと出口のディスプレイ。その途中は形も質量もないデジタルデータ。この変化がさらに進む。
 伝達の手段がデジタル化されたことで、人々の意志疎通もデジタル化される。直接顔を合わせて会話をすることが減り、デジタルデータを介して、ある種バーチャルなやりとりをすることのほうが多くなる。そうしたやりとりではニュアンスが間引かれるため、誤解、曲解、怨嗟、嫉妬、逆恨みといった要素が入り込みやすくなる。
 不特定多数を相手にした一斉送信的な情報発信を誰もができるようになったために、欠陥を抱えた情報が大量に飛び交うようになる。
 そんな社会が続くと、さすがに社会には閉塞感が充満してくる。
 個人がどんな努力をしたところで、不条理や矛盾を抱えたままの社会は変わらない。目の前の手っ取り早い快楽だけを求めて、死なない程度に生きていければいい、といった諦観が支配する社会。
 特に若い世代がコントロールしやすくなる。妙に聞き分けがよく、用意された小さな型に収まりやすい。適当な入れ物を与えれば、そこに自分から入り込んでその型どおりのゼリーになる。
 一部の能力のある子どもたちは、社会の欠陥を正そうとするのではなく、社会をそのまま受け入れ、その中で自分を最大限に表現できるものを見つけようとする。ある種の芸能分野やスポーツの世界では、10年前、20年前よりはるかにレベルの高いことを成し遂げる子どもが出てくる。しかし、それも結局は、社会に与えられる娯楽の材料として消費されていく>

「なんだかあたりまえのことを聞かされているような気がするな」

 俺は少し苛立ちを覚え始めていた。
 Nはかまわず続けた。

<さて、そんな世界ができあがったところで、Gの計画はいよいよ最終コーナーに入っていく。
 来年か再来年あたり、新種のインフルエンザ騒動が起きて、人間社会が浮き足立つだろうということはすでに言ったね。これはほぼ確実に起きる。
 しかしこれは予行練習、リハーサルなので、すぐに騒ぎは収まる。
 「本番」はその10年後くらいだろうと我々は踏んでいる。
 2020年前後、やはり新種のインフルエンザが出てくるはずだ。
 なぜインフルエンザか? それは今までに十分準備を重ね、成功してきたからだ。これがやはりいちばんいい方法だと、Gは確信しているはずだ>

「致死率100パーセントみたいな超強力なやつか?」

<いや、そんなものは出してこない。スペイン風邪を超えるようなものではない。むしろもっと弱いもので、極度に恐れるようなものではないはずだ。
 というのは、ウイルス自体が強烈で、人が一気にバタバタ死んでは困るからさ。
 そんなことになれば人間はパニックになり、予測不能な事態になりかねないからね。
 ウイルスが人為的に作られたものだということもバレてしまい、それを作った国に向けて報復が始まったりする可能性もある>

  「どこかの国が作ってばらまくのか?」

<いや、そんな単純な構図ではない。一国の首脳クラスがどうこうできるような話であるはずがないじゃないか。複数の人間、組織、国家が、とてつもなく複雑に絡んでいるんだよ。
 計画はGだけでは実行できないから人間に実行させている。でも、実行役が1つの国、あるいは企業や組織だと、Gのコントロールが効かなくなって暴走する可能性が高まる。Gはアダム型生物の時の失敗で懲りているからね。
 Gは長い時間をかけ、複雑な関係図を描き、唯物論や資本主義が支配するシステムを構築してきた。その中にいるのは選ばれた少数の人間で、一人一人は強い使命感を抱いて動いているわけだが、そういう連中でさえ、システムの正確な全体像は把握できていない。だからうまくいく。
 システムを完全に見通せるほどの人間が現れたら、Gの支配が危うくなりかねないからね>

「はあ~、分かるような分からないような話だけど、まあいいや。
 で、そのウイルスはスペイン風邪ほど強烈ではないわけだろ。それなら大量の人間を殺せないんじゃないか?」

<いや、最終的には多くの人間が間引かれることになるんだろうが、時間をかけるんだよ。
 単に時間をかけるだけじゃない。その間も、人間がGの計画に気づかないでいることが重要になる。
 自分たちが徐々に死んでいくのはあくまでもウイルスという自然災害に近いものによる。それを防ぎきれず、ダラダラと死者が出続けているのは、政治や行政の責任だ。あるいは、平気でウイルスをばらまいている無自覚な感染者のせいだ、と思い込ませる。その状態がなるべく長く続くようにする。
 そのためには、ウイルス自体は弱いものでいい、というか、短期間で人が死ぬような性質のものではまずいんだ>


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ジャンル分け不能のニュータイプ小説。 精神療法士を副業とする翻訳家アラン・イシコフが、インターナショナルスクール時代の学友たちとの再会や、異端の学者、怪しげなUFO研究家などとの接触を重ねながら現代人類社会の真相に迫っていく……。 2010年に電子版が出版されたものを、紙の本として再編。
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