そして私も石になった(7)


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エゼキエル書を読み解く


「アダムは個人の名前ではない?」

 俺は訊き返した。

<そう。単数か複数かはあまり関係がない。創世記の第二章から四章までを無視すれば、「神」がアダムという生命体をつくった、ということだけが書かれているんだよ。
 神は自分の姿、つまり自分の肉体に近い生命体をつくりたかった。まったくゼロからつくり出すことはできないので、すでに存在する生物種を改造してつくった。アダムやセツという名前は、その実験結果に生まれた生物第1号、第2号といった意味しかない。
 何百歳まで生きたとか、何年目で子供を産んだというのは、つくり出したその生物種の寿命や、子孫を残せるかという、つまり増やしていけるかということが重要だから書いている。つまり、まだ実験段階だったのさ>

「ということは、その『神』というのは宇宙人みたいなものか?」

<そうだね。きみたちのイメージではそれで間違っていない。きみたち人類よりもはるかに高度な知識や技術を持った生物だ。
 そのことをはっきりと記録しているのが聖書の中の「エゼキエル書」だね。読んだことはあるかい?>

「エゼキエル……聞いたことはあるけれど、読んだことはないな。どんな内容なんだ?」

<とても面白い内容だよ。
 ある日、川の畔にいたエゼキエル司祭のもとに、空から閃光を放ちながら、燃え上がる雲のような物体が飛んできて着陸したというところから始まる。
 その「物体」の形や動きを、エゼキエルは詳細に記している。その描写を先入観なしで現代人が読めば、彼の目の前に現れたものがどんなものかはすぐに想像できるはずだよ>

「どんなものだったんだ?」

<じゃあ、少し長くなるけれど……>

 そう言うと、Nはエゼキエル書の一部を俺の頭の中に再現させた。

雲の中は磨き上げた金属のように輝いていた。
そのさらに中心部には、四つの生物のようなものが見えた。
その生物は人間にも似ていた。
ただし、おのおのの生物には四つの顔と四つの翼がついている。
脚はまっすぐで、先は仔牛の蹄のようであり、青銅のように光っていた。
四つの翼の下には、人間の手のようなものがついていた。
四つの生物は背中合わせになっており、翼の先端が触れあっている。
四つの生物は離れずに各方向に移動するその際も、身体の向きは変わらない
四つの生物はそれぞれ正面に人間の顔を持ち、右側にはライオンの顔、左側には牛の顔、背中側には鷲の顔を持っていた。
それぞれが二枚の翼をひろげ、それは隣り合った生物の翼と接している。
残りの二枚の翼は、胴体にそって畳まれている。
四つの生物はどの方向に移動するにも一緒で、身体の向きを変えることもない。なぜなら、どれもがまっすぐ前を向いているからだ。
生物は熱した石炭のように輝き内部では強烈なたいまつの火のようなものがピストンのように動いているのが見えた。
その炎は燃え上がるたびに閃光を放った
生物たちも、火の粉のようにすばやく動いた。
そのとき、私はこの四つの生き物の横に、地面に接するように車輪がついていることに気がついた。
車輪は、宝石のように輝いていた。
個々の車輪はまったく同じもので、中部にはさらに別の車輪が組み込まれていた
そのため、生物はどの方向にも、向きを変えることなく移動できるのだった。
車輪のリム部分は大きく、周囲にはたくさんの目がついていた
生物は車輪を自由に制御し、自在に動くことができた。生物が動く方向に車輪も動き、生物が止まれば車輪も止まる
生物が空を飛ぶと、車輪もまた一緒に浮き上がる
生物の上方には、氷のように光り輝くドーム状のものがあった。
生物の翼のうち二枚は両側の生き物のほうに広げられ、二枚はボディ側に折りたたまれていた。
生物が飛ぶとき、その羽音は海鳴りや大軍の雄叫びのような凄まじさだった。いや、まさにこれこそが全能の神の声だ。
生物が動きを止めると、翼は折りたたまれた
その生物が羽ばたきを止めたとき、ドームの上から音が聞こえた。
そのとき、私は見た。サファイアでできた玉座のようなものを。玉座には、人間の形をした人影があった。
その人影の腰から上は、炉の中で熱せられる金属のように光り輝き、腰から下もまた、燃えさかる炎のように見えた。
その人影は、嵐の後に出る虹のように明るい光に包まれていた
私は今まさに神の栄光に触れたことを知った。私は地に顔をつけてひれ伏した。その私に、声が呼びかけてきた。

<……どうだい? きみはこの描写からどんなものが見えてくる?>

 Nはどこか楽しそうにそう言った。
 俺は素直に答えた。

「乗り物だな。その乗り物には折りたたみ式の翼と、4方向にまっすぐに伸びた脚がついていて、脚の付け根にはライトやゴツい装置がいろいろくっついている。その装置が怪物の顔のように見えて4つの生きものが背中合わせにくっついているように見える。脚の先にはベアリングみたいなものが組み込まれた金属製の車輪がついていて、中央は透明なガラスか樹脂みたいなもので覆われた球形の操縦室。燃焼エンジンによるジェット噴射で空中も地上も直線的に移動する乗り物……ジェットへりとか、月面探査機みたいなものかな」

<そうだよね。文字通りに読み取れば、誰もがそういうものを思い浮かべるはずだ。
 もちろんエゼキエルはそんなものを見たこともないし、金属の加工製品とかエンジンとか透明の樹脂やガラスのようなものも知らない。空から現れた乗り物全体を「神」だと思い込んだわけだ。
 エゼキエル書は英語訳で読むとリアルさが増すと思うよ。例えば、4本の脚の先に車輪が着いていて……というくだりは、英訳聖書にはこう書かれている。
I then noticed that on the ground beside each of the four living creatures was a wheel,shining like chrysolite.
Each wheel was exactly the same and had a second wheel that cut through the middle of it, so that they could move in any direction without turning.
The rims of the wheels were large and had eyes all the way around them.

 橄欖石(かんらんせき)のように光るホイールとかリムとか、ホイールの真ん中にさらにホイールがあるとか、曲がることなくどんな方向にも動くとか、もう完全に「マシン」の描写としか思えないよね>

「そうだなあ。そんなことが本当に聖書に書いてあるのか? 誰もそれを不思議に思わないのか?」

<聖書が面白いのは、こういうものが紛れ込んでいるからだよ。
 創世記の一章と五章は、二章から四章までとは明らかに違う。エゼキエル書は冒頭からしてどう考えても空中浮揚できる金属製の乗り物のことが書かれている。あまりにも奇妙な描写なんで、後の人間も改竄できずに放置したんだね>

「ということは、やはり聖書に出てくる『神』は宇宙人ってことか?」

<いやいや、そう急ぎなさんな。
 エゼキエル書に出てくる「神」がそうした技術を持った人間型の生物だとしても、不思議に思わないかい?
 この4本脚と折りたたみ式の翼と燃焼エンジンを持つ空中浮揚できる乗り物って、ずいぶんポンコツだよね>

「ポンコツ? そうかな?」

<「熱した石炭のように輝き、内部では強烈なたいまつの火のようなものがピストンのように動いている」なんていうくだりは、まるで蒸気機関車のようなイメージじゃないか。翼が付いているとか、騒音がするというのも全然スマートじゃない。そんなもので宇宙空間を飛行して地球にやって来られるかね>

「……なるほど。言われてみれば古臭いかもしれないな。いわゆる空飛ぶ円盤とかのイメージよりはずっとダサい」

<そうなんだ。ましてや全知全能の神というイメージからはほど遠い。
 実は、エゼキエルが見たこのダサい乗り物の操縦室にいたのは「神」そのものではなかった。神がつくった、いや、改造した人間型の生きものだったんだ。創世記に出てくるアダムとかセツとかと同じ系列、その何代目かの改造生物だ。
 乗り物を作ったのもその改造生物で、「神」はそれを指導していた。材料の一部を提供したりしてね>

「はあ~。だけど、そうなると俺たち人間はどういう位置にいるんだ? 人間と、そのアダムとかセツとかと、あるいはそれをつくり出した『神』の関係っていうのはどうなるんだ?」

<さすがだね。まさにそこなんだよ。
 エゼキエルの時代に、「神」がすでにジェットへりみたいな乗り物を操れる生物種をつくりだしていたなら、それ以下の知能や技術を持つ人間と関わる必要などなかったはずだ。
 それなのに、なぜ「神」はこの星で人間をつくらなければならなかった(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)のか……>

 Nはそういうと、またしばらく俺に考える時間を与えるかのように黙り込んだ。

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