そして私も石になった(3)


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自分が生きてきた時間線分を振り返る


<ではまず、私ときみの時間感覚の差を少しでも埋めるために、きみ自身が生きてきた時間線分を確認してみることから始めよう>

「時間線分?」

<きみの人生の時間は直線的であり、始まりと終わりがある。これは「線分」に喩えられるよね>

「まあ、そうかな。終わりももうすぐだしな」

<しかし、きみの人生という時間線分の始まりの前、終わりの後にも、この世界の時間が流れている。だから、きみの人生という時間線分の位置や、前後との関係をまずは見ていこうじゃないか。
 きみはいつどこで生まれたのかな?>

「ああ、その質問か……困るんだよな、それ。俺は自分の誕生日も生まれた場所も知らない」

<私は知っているよ>

「そりゃそうだろう……え? 俺が(ヽヽ)生まれたときのことを、あんたが(ヽヽヽヽ)知っているってことか?」

<うん、知っているよ。きみは1923年、日本の元号でいえば大正12年の12月3日に朝鮮半島の北で生まれている>

「……本当か? なぜそんなことを知っている?」

<私はいろいろなものを見てきたからね。私の意識は距離や位置の制限を受けず、この星のあらゆる場所で起きていることを「見る」ことができる。仲間たちが持っている情報を共有することもできる。でも、今はそのことは置いておこう。話が進まなくなるからね>

「分かった。続けてくれ」

<きみの父親は技術者だった。当時はまだ完全には日本国の支配下に入ってはいなかった満州鉄道の運営のため、日本から大陸に派遣されていた。結婚したばかりの妻、つまりきみの母親も一緒だった。
 きみはきみの両親が大陸に渡ってからすぐにできた子だ。母親は出産のため、父親の赴任地から少し離れた朝鮮北部にあった病院できみを産んだ。その後、きみは太平洋戦争が終わるまでずっと朝鮮半島や満州、中国を、両親と一緒に転々としていた。
 きみが日本にやってきたのは昭和22(1947)年になってからだ。すでにきみは23歳になっていた>

「ああ、それは覚えている。引き揚げ船が出る葫蘆(ころ)島までたどり着いたとき、俺は一人だった。親のことはなぜかほとんど記憶にない。親のことだけでなく、それまでのことは、断片的にしか思い出せないんだ」

<それはきみが大陸で耐えがたい経験をしたからさ。きみの脳が、思い出したくない記憶を封印しているんだ。
 きみの両親はきみの目の前でかなりひどい死に方をしている。きみ自身もひどい目にあってきたし、修羅場をいくつも見てきた。それは思い出さないほうがいい>

「……そんなところだろうとは思っていたが、やはりそうか。修羅場のいくつかは記憶に残っている。でも、親のこととなると、どうしても思い出せないんだ。おかげで俺は自分の名前も分からないまま引き揚げ船に乗った。日本語が喋れたから日本人だと認めてもらえたが、親の名前も自分の名前も分からないと言ったら乗せてもらえないと思い、咄嗟にデタラメな名前を言ったっけ。
 船の中でのことはよく覚えている。かなり大きな船だったが、千人以上詰め込んでたんじゃないかな。食糧がないから、配給は大豆を一人10粒ずつ。弱って死んだ者は海に捨てられてた。捨てられた遺体が、しばらく船の後を追うようについてくる。あれはたまらなかったな。
 ようやく着いたのは佐世保港。そのへんからのことははっきり覚えている」

<大変だったね。それから今までのことは、きみ自身が知っているから、ここでおさらいする必要はないね。だから、きみの記憶が消えた前のこと、そして生まれる前のことをまずは見ていこう>

「なんだか日本史の授業みたいになってきてないか?」

<なんでもいいさ。でも、きみが知りたい「世界」のことを伝えようとしたとき、まずは人間の歴史というものを俯瞰的に見ていくことが必要だ。きみが今見ている「世界」は、きみにとってはいきなり現れたものかもしれないけれど、この世界はどうやって作られてきたか、そしてこれからどうなっていくのか、それを知りたいんじゃないのかい?>

「いや、俺が知りたいのは、人間社会とか、人間が感覚的に把握できる物質世界みたいな枠じゃなくて、もっと大きな……」

<うんうん。分かっているよ。でも、それを感じるためにも、まずは人間社会のことを、少し見つめ直してみようよ>

「分かった。じゃあ、俺は素直に生徒になるから、授業を進めてくれ」


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